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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)5898号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(事實と判斷)

東京都における第六次強制疎開と借地權の消滅との關係については、既に〔九〕號事件――本誌七號六四頁――及び〔二五〕號事件――同一二號七二頁――においても判決を紹介したが、こゝに紹介する判決は、建物補償金の受領と借地權放棄の關係について從來のものよりも突進んだ理論的説明を試みている點が注目せられる。すなわち、

「今次の太平洋戰爭に際し先に實施せられたいわゆる建築物の強制疎開の實際について見るに、次の事實が當裁判所に顯著である。すなわち、疎開實施權者は、疎開は單に建築物を除却するだけでは防空の目的を達するに不充分であり、これを完全に達成するためには進んで除却建築物の敷地に對する借地權もこれを實施權者の側に收める必要があると考え、疎開に際しては防空法第五條の四またわ同條の六の規定に基く除却命令によつてその目的である建築物を除却する外に、その敷地の借地權に對し一定の基準によつて算出した補償金を交付してその借地權を放棄させるとともに、地主との間に改めて賃貸借契約を結ぶという一連の措置――これ等の行爲はその趣旨方式からして私法上の行爲であつて、その借地權の放棄というのは本質的には借地權の讓渡、補償金というのは讓渡代金であり、また、地主との賃貸借契約は多數の賃貸借の條件を平均化するために結ばれたものと解するを相當とする――を講じた。そして昭和十九年中までの第一次から第五次までの疎開に際しては書面によつてその消息を明確にしていたが、昭和二十年に入り空襲が激化し、疎開事務の處理が一刻の遲滯も許さず、手續の簡素化の要請が生ずると、第六次疎開からは從來の事務處理の手續を一部變更し、借地權の補償については借地權だけの特別の補償金を算出することを止め、その補償金はこれを新たな基準によつて算出した建築物の補償金中に包含させることとするとともに(昭和二十年三月十九日防建疎發第八一號東京都防衞局長の區長宛第六次建物疎開事業ノ實施ニ伴フ損失補償ニ關スル件參照)、借地權者から借地權の放棄書を徴するような手續はこれを省略することとしたのであつた。

思うに、いわゆる建築物の強制疎開は防空法第五條の四またわ同條の六の規定に基いて一定の要件を具備する建築物を公權力で除却することを目的とした行政處分であつて、除却建築物の敷地に對する借地權を當然に消滅またわ疎開實施權者に移轉させる效力を有するものではないから、實施權者がその消滅またわ移轉を欲するならば、實施權者は建築物除却の行政處分とは別個に借地權者との間にその消滅またわ移轉に關する行爲をすることを要するものといわなければならない。しかして、疎開實施權者が、この點に關して先に指摘したような一連の措置を講じたのも實はこの見解を持していたことを裏書するものに外ならないのであるが、右措置が既に説明したようにその本質上私法上の借地權讓渡行爲を含むものと解すべきものである以上、その行爲が必ずしも明示の意思表示による必要はなく、默示の意思表示によつてもなされ得るものであることは論を待たないであろう。今第六次以後の疎開についでことを考えて見るに、先に認定したように、第五次までの疎開にあつては除却建築物の敷地に對する借地權について私法上の讓渡行爲のあつたことが明白であるに反し、第六次以後の疎開にあつてはそのことが頗る不明であるばかりでなく、借地權者の側から觀察すれば、その借地權讓渡の意思表示は形に留めるものがないから、これを否定し得べきであるかに思われるが、疎開に當つて採られた措置とその趣旨、内容は回を追うに從つて定型化し、第六次の疎開ともなつては、疎開關係者は總て、疎開に際してはその手續の如何に拘らず、私法上の行爲によつて除却建築物の敷地に對する借地權を補償金名義の代金を受領してその實施權者に讓渡すべきものであることを了知していたものと認めるを相當とするから、先に指摘したような補償方法の變更について何等の異議も留めないで建築物補償金名義の補償金を受領した被疎開者はこれによつて、少くとも默示的にその借地權を疎開實施權者に讓渡したものといわなければならない。本件について見るに、原告がその主張の第六次の疎開に當つて建築物補償金名義の補償金の交付を受けたことは當事者間に爭がないが、原告がその補償金の受領に當り借地權の讓渡について異議を留めたことは原告の主張も立證もしないところであるから、原告主張の借地權は右補償金の受領によつて疎開實施權者に移轉したものと認めるの外はない。(よつて、原告の借地權確認請求は理由なし。)」

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